個人の音楽制作環境において、DAW に統合されて物理的な存在が稀薄となりつつあった「ミキサー」。ハードシンセ等を多く所有している訳でもなければ、アナログ/デジタルを問わず、セットアップから外された方も多いのではないでしょうか?
ところが昨今のカセットテープ復権に伴ってか、カセット MTR を使用する方が増えたことで計らずとも制作の現場で目にすることが増えてきた気がします。この場合の MTR のミキサーは、単に信号をまとめるということより、カセットテープとの組み合わせによる「音作り(質感作り)」にウェイトが置かれているのでは?と個人的には思います。
さて、ユーロラックモジュラーシンセにおけるミキサーの役割と言えば、上述した「音作り(質感作り)」ではなく、シグナル(オーディオレート、CV)をまとめるという機能にフォーカスされた製品がほとんどではないでしょうか?
ユーロラック内で諸々完結させたい自分としては、VCO や VCF 等といったモジュールと同列にミキサーやそれに付随する機能(EQ 等)での「音作り(質感作り)」を積極的に行いたいと常々考えていて、その観点から色々とモジュールの物色をしてはいるのですが、その数はそう多くないのが実情です。
この記事では、オシレーターやフィルター以外で「音作り(質感作り)」に役立ちそうなモジュールを紹介したいと思います。

HEXINVERTER ÉLECTRONIQUE : MUTANT HOT GLUE
このモジュールの特徴としては、コンプレッサーとディストーションがビルドインされているところかと思います。
内蔵のコンプレッサーはアナログです。レシオはフロントパネル上のつまみで変更が可能なのですが、アタック/リリースタイムが基盤上のジャンパーによって設定というのが少々残念です(SLOW = 220ms Attack / Release、MEDIUM = 45ms Attack / Release、FAST = 2ms Attack / Release)。
モノラルの SEND / RETURN が1系統あり、チャンネル毎に SEND 量が設定できます。この SEND / RETURN はデフォルトでは内蔵のディストーションにノーマライズされているのですが、SEND / RETURN ジャックにパッチすることでディストーションへのノーマライズが断たれ、他のモジュールとシグナルを SEND / RETURN することが可能になります。
内蔵のコンプレッサーとディストーションはミキサー機能から切り離して、それぞれ単独で利用することが可能です。ユーロラックモジュラーではコンプレッサーモジュールは Intellijel Designs の Jellysquasher、WMD の Compressor、MSCL、Audio Damage の Kompressor 等、数えるほどしかないため、この仕様は非常にありがたいです。
ドラム音源モジュール中心のリリースが多い印象の HEXINVERTER ÉLECTRONIQUE だけあって、リズムパートのプロセッシングに特化したミキサーという印象ですが、上物へも積極的に使用してゆきたいモジュールです。
個人的に今一番注目しているモジュールです。2017年現在で、EQ を搭載したミキサーモジュールは HEXMIX 以外存在しないのではないでしょうか? また3系統の AUX を提供できるのは Intellijel Designs の Dubmix(+ Dubmix Aux Expander)と HEXPANDER 位かと思われます。ミキサーモジュールとしては、他に WMD の Performance Mixer や FRAP TOOLS の CGM Creative Mixer も挙げられますが、どちらも EQ は搭載されておらず、AUX も2系統です。

まずは HEXMIX の EQ ですが、サイトの説明を参照してみると、クラッシックな DJ ミキサーをモチーフにしているようです。チャンネルセクションだけでなく、マスターセクションにも搭載されているのも珍しい実装です。
両セクション共に 100Hz、1kHz、10kHz の3バンド構成ですが、EQ カーブが異なっており、各周波数帯でチャンネルセクションは ±12db でシャープな効きで、マスターセクションは ±6db で調整用途のソフトな効きとなっているようです。欲を言えば、チャンネルセクション側の中域がパラメトリック EQ だったら … と思いました。
面白いのがミュート機能にバクトロールが採用されている点です。バクトロール特有のディケイが残ると思いますので好き嫌いが分かれそうですが、逆にスムースなリリースをうまく生かしたミキシングプレイという観点では個人的にはアリかな?と思います。Make Noise の RxMx もミキサーモジュールなのですが、Channel / Radiate / Level コントロールにバクトロールが使用されています。このモジュールの滑らかで流動的なチャンネル間クロスフェードが好みの方なら同様な操作感が楽しめるかもしれませんね。

次に HEXPANDER についてです。先に記載した通り3系統あるだけでも注目すべき点ではあるのですが、RETURN 側にラインレベルとユーロラックモジュラーレベルの切替スイッチが搭載されているのも特筆すべきポイントかと思います。これによりコンパクトペダルやラインレベルのエフェクター等を積極的に活用できます。

HEXPANDER には各チャンネルのパラアウト(ラインレベル、アンバランス)も搭載されています。このアウトからは EQ 通過後のシグナルが取り出せるため、HEXMIX / HEXPANDER で作り込んだシグナルをチャンネル別に DAW やマルチレコーダーへ直接送ることができます。
LEVEL や PAN、AUX SEND / RETURN 量を CV でコントロールが出来ないのが少々残念ですが、HEXMIX VCA というモジュールを組み合わせることで LEVEL に関しては CV でコントロールが可能になります。
このモジュールをきっかけに、各メーカーからより多彩なミキサーモジュールが製品化されたらなと思います。
ALM Busy Circuits : ALM016 / PE-1

ユーロラックではかなり珍しいパラメトリック EQ モジュールです。
低域 〜 中域(62Hz 〜 1.5kHz)と中域 〜 高域(1kHz 〜 8kHz)のデュアルバンド構成で、2つの入力(1つはアッテネータ付)と1つの出力は、2 IN 1 OUT のミキサーとして使用可能です。2つの入力シグナルは、各フィルタを直列に通過してからミックスされて出力されるようです。
このモジュールは、初期の Porta Studio タイプの4トラック MTR のミキサーに使用されている EQ 回路からインスピレーションを受けて開発されたようです。以前 Twitter で「貴重なパーツが使われている」というツイートを目にしたことがあります。Commodore 64 や YAMAHA のチップを使ったモジュールを多くリリースしているメーカーだけあって、このモジュールもパーツ単位でこだわった製品なのかもしれないですね。
FEEDBACK MODULES : PRE KM / PRE BX / PRE CR



Roland Juno 106 のコーラスエフェクトをモジュール化(106 Chorus)したことでも話題になっているメーカーですよね。
ここで紹介する PRE シリーズは、コンパクトミキサーのチャンネルストリップから EQ 部をモジュール化した製品になります。各モデルは、KM が BOSS KM シリーズ、BX が BOSS BX シリーズ、CR が Mackie の CR シリーズをリファレンスに開発されたようです。
MUFF WIGGLER のスレッドを確認すると、KM が70年代後半から80年代の古き良きサウンド、BX が90年代のテクノで聴かれるサウンド、CR が TB-303 をクリップさせた際のディストーションサウンドが得られるようそれぞれエミュレートされているようです。
エミュレーションの精度よりも、先に紹介した ALM Busy Circuits PE-1 と同様に、珍しい単体 EQ モジュールなので、3モデルとも入手して質感作りに活用したいところです。
上記のモジュール以外にも、BOSS のコンパクトペダル Dimension C をモチーフにした MULTI DIMENSION、Moog のミキサー部(CP3)をユーロラックフォーマットでアップデートした CP3+ 等、廉価で興味深いモジュールがリリースされています。
XAOC Devices : Tallin

2チャンネル VCA ですが、個人的な興味としてはシグナル経路がフルディスクリートという点ですね。WMD / SSF の Amplitude や Verbos Electronics の Scan & Pan もディスクリート回路を採用しているため、Tallin と同様なサウンドの傾向があるかと思われます。
クリーンなシグナルだけでなく、DRIVE スイッチで3次倍音を多く含んだトランジスター系の歪みや2次倍音を多く含んだ真空管に似た質感の歪みを付加することが出来るので、音の質感作りにはもってこいの VCA ではないでしょうか?
VCA に音の色付けを求めない人には不向きかもしれませんが、普段何気なく使用しているデジタルオシレーターを通してあげれば、ビンテージな質感が加味され、また違った魅力に気付かされるかもしれません。
シグナルを 18dB までブースト可能なのも地味に便利な機能で、ラインレベルのシグナルをユーロラックモジュラーのレベルまで引き上げるのにも使用できます。
ここからは単体では音に直接作用はしませんが、音像や質感作りに活用出来そうなモジュールをいくつか紹介したいと思います。
omsonic : Universal Panning Expander (UPE) and Mixer

UPE and Mixer は、各インプットに PAN コントロールの付いた 6 IN 2 OUT のユニティゲインステレオミキサーです。Roland TR-606 のハイハットをエミュレートした Pixel Dust というモジュールをリリースしたことで話題になったメーカーですね。
Qu-Bit の Chord、Mannequins の Just Friends、Verbos Electronics の Harmonic Oscillator 等の複数出力を持つモジュールの PAN コントロールに重宝しそうです。アウトプットを1つだけ使用する場合は、6 IN 1 OUT のミキサーとしても使用出来るようです。
あくまで PAN コントロールが目的のモジュールなのでレベル調整は出来ませんが、複数のモノラルソースをステレオイメージで出力したい時に便利なモジュールかと思います。
Meng Qi : Please Exist

ラインレベルとユーロラックモジュラーレベルのシグナルを双方向に変換することが出来るモジュールです。シグナルレベルトランスフォーマーと言えば良いのでしょうかね? 元ネタは Mannequins の RIP というモジュール(25台限定)のようです。
3U 版と 1U Tile 版がリリースされていて、1/4 フォンジャックと 3.5mm ミニフォンジャックが対となっていて、1U Tile 版には1つ、3U 版には4つ組み込まれています。
使い方としては、自分の場合、Ibanez RP500(カセットテープ録再機能付ヘッドフォンアンプ)等からのラインレベルシグナルを 1/4 フォンジャックに入力し、3.5mm ミニフォンジャックからその出力(ユーロラックモジュラーのシグナルレベル)を取り出したりしています。もちろん逆に、ユーロラックモジュラーでの演奏を外部のラインレベルデバイスへ送ることも可能です。
シグナルの増減をコントロールすることは出来ませんが、パッシブタイプで、ラインレベルとユーロラックモジュラーレベルのシグナルを気軽にやり取り出来るモジュールなので、大変重宝しています。
ユーロラックモジュラーはケースやら電源やら色々と揃えるものが多いので、上記のような一見地味なモジュールはあまり注目されないのかもしれません。演奏内容と同様に、音の質感にもこだわってみたい!という方は、こういった脇役モジュールにも目を向けてみてはいかがでしょうか?。