ユーロラックモジュラーシンセを使う理由

先日 DOMMUNE にて、齋藤 久師氏による「DOMMUNE シンセ学院/第三夜 〜 DJ が始めるモジュラーシンセサイザー」という初心者向けな放送がありました。ちょうど Aphex Twin の DJ セットで使用されたユーロラックモジュラーシンセのラックが公開された直後ということもあって、生徒役で参加されていた DJ 諸氏の皆さんは興味津々に受講されていたようでした。

この放送は DJ の方々を対象にした内容ではありましたが、ユーロラックモジュラーシンセを始めるにあたって、ケース・電源の選び方、モジュールの製品情報とその使い方・導入方法について日本語による詳細な紹介がまだ少ないこともあり、こと DJ に限ったことではなく、興味はあるけどなかなか一歩を踏み出せない方が多いのかな、という印象を受けました。

この記事を書いている時点でユーロラックモジュラーシンセ歴1年4ヶ月程度の初心者です。そんな自分のこれまでを振り返り綴ったこの記事がどの位の方に有用かは定かではありませんが、これから始めようと考えている方々の何らかの後押しとなれば幸いです。

まずは自分が思うユーロラックモジュラーシンセの利点を挙げてみます。

  • 世界共通の規格(ユーロラック)で統一されていること
  • 扱うシグナルが電圧のみ(オーディオレートも含む)でシンプルなこと
  • モジュール間のシグナルのルーティングが柔軟であること
  • モジュールの選択肢とそれらの組み合わせ・用途がバラエティに富んでいること

ユーザーの方々にとっては当たり前と思われることばかりかと思います。そして使ったことのない方々には具体性に欠ける表現ではありますが、自分はこの4点からユーロラックモジュラーシンセに魅了されていると言っても過言ではないと思っています。

ここからは自分がユーロラックモジュラーシンセを始めたきっかけ・経緯、そして使い続ける理由を、自身の機材遍歴と絡めつつご紹介できればと思います。

ユーロラック導入以前 〜 ハードウェアサンプラー期 〜

もともと楽器とそれに関する機材が大好きで、とにかく色々使ってみたい、試してみたいということを理由に、有名な楽器店の中古フロア、HARD OFF 等の実店舗、オークションで売り買いを繰り返してきました。

Sampler Rack
1/3 位に減らした時期のラック

とりわけ、Portishead の “Dummy” には強い影響を受け、流行り廃りとは関係なく長いことサンプラーという機材に心酔していました。国内の「ローファイサンプラーマニアックス」というサイトや海外のサイトを回っては細々と機材情報を集めていました。その頃はハードウェアサンプラーばかり買っていて、一番ピークだった(ヒドかった)時は AKAI S612, S950, S1100, MPC2000XL、ensoniQ Mirage Rack DSM-8(JP / US 違いで3台), ASR-10R, ASR-X Pro、KORG DSM-1、CASIO FZ-10M、Roland S-330, S-550, S-760, SP-303、YAMAHA TX16W、サンプリングキーボードの CASIO SK-8YAMAHA VSS-30 を所有していたことがありました。これらの機材で曲を作るというよりは、機種ごとに異なる音の質感をただ楽しんでいたように思います。自分は「音をいじるのが好きなんだ」ということに気付いたのがこの時期でした。

ユーロラック導入以前 〜 ブティックペダル・ガジェット期 〜

ハードウェアサンプラー熱が落ち着き、制作はコンピューターベースに。DAW でのデータの打ち込みや素材の切り貼りという行為(作業)に退屈さを感じ、もっとフィジカルな制作がしたくなりました。そこで久し振りにギターを引っ張り出して弾き始めたのですが、昨今のペダルエフェクター事情に疎くなっていた自分は、ブティックペダルに手を出してしまいます(この時期にハードウェアサンプラーを含めた19インチラック機材はほとんど売却してしまいました)。

ペダルエフェクターと言えばこれまで BOSS や MAXON といった国産モノしか認識がなかったため、ブティックペダルの世界に触れた際にはブランド数と製品バリエーションの豊富さにワクワクしたのをよく覚えています(楽天ショップのナインボルトさんをしょっちゅうチェックしていました)。中でも繊細な響きから過激な効果まで振り幅が広く、音の質感が上品で実に音楽的な Fairfield Circuitry。入出力以外の入力を備え、積極的な音作りのできるモデルが多い Copilot FX。歪みとノイズに対して独自のアプローチで製品に落とし込んでいる M.A.S.F.。これら3ブランドに加えて、ギター用ではないですが、多くのノイジシャンに愛用されている Vanilla Electronics や、赤外線センサーとセミモジュラーっぽいインターフェースを持つ KOMA Elektronik というブランドの製品が気に入っていました。

Bastl Instruments
ガジェット系でまとめたボード

はじめはギターのプロセッシングが目的でしたが、DAW の外部アウトボード的にも使うことが増えてくると、次第にエフェクターと同様に音源も全て直に触って操作したいという欲求が出てきました。ギター用に買い揃えていったブティックペダルでしたが、次第に選ぶ視点もシンセシス目的となっていき、結局、DAW のプラグインやソフトシンセ類をブティックペダルやガジェット系楽器に置き換えることになりました。主に Bastl Instruments の MicroGrannyTrinity シリーズを先に挙げたブティックペダルと組み合わせて使用していました。Bastl Insrtuments がリリースするデバイスには魅力的なものが多く、昨今では bitRangerKASTLEsoftPop がとても気になりますね。

Bastl Instruments の製品を選んだのは、コンパクトであること、インターフェースが簡潔であること、多機能でないことが主な理由でした。加えて Trinity シリーズは筐体サイズが共通しており、ピンヘッダーで直列に接続して1つの電源アダプターで全てを駆動可能というのも魅力でした(レベル落ちしますが接続個体の音声をミックスして一番右端の個体から取り出せる機能も地味に便利)。操作性や出音には直接結び付くものではないですが、デザインが秀逸というのは気持ちの面で高揚感が出ますよね。

モチベーションが削がれる配線とセッティング

Pedal Board
つなぎ替えはとにかく面倒 …

そしてこれらをアレコレ繋ぎ変えて音作りを試したいわけなのですが、都度都度の準備・片付け、手元足元を行き交うケーブルに電源コード … 何かどうにも煩わしいと感じることが増えてきました。当時まだ選択肢の少なかった接続順を入れ替えられるスイッチャー(Decibel Eleven “Pedal Palette”)を所有していましたが、10台近くのエフェクターを好きなようにルーティングするには役不足です(この時に Boredbrain Music “Patchulator 8000” があったらもう少し融通がきいたかもしれません)。

ハードウェアサンプラーの時に感じたことで、筐体サイズが19インチラックという規格に則っている以外、入出力端子が前面だったり背面だったりでインターフェースに統一性がなかったりします。大半の機種は背面に入出力端子があるのですが、19インチラックに収めた場合これが機器間の接続を煩わしくさせる一因ともなります。もちろんパッチベイは使っていましたが、パッチベイまでの配線がこれまた一苦労 … 機材の数が増える分ラックのサイズやその台数も増えるわけで、ラックを跨いだりするために必要なケーブル長は様々で本数も十数本単位。機器を全て売り払った後に残ったケーブルの山に唖然としたものです。

ラックの背面
ラックの背面

ブティックペダルやガジェット系のデバイスにいたっては、ブランドのコンセプトが設計やデザインへより強く反映されていることもあり、入出力端子の位置はもちろんのこと、筺体サイズがブランドごとに様々で、電源アダプターのサイズ、供給電源量、おまけに極性まで何の統一性もありません。

あと、当たり前なんですがコンセントも機材の台数分必要になりますよね。ペダルエフェクターの場合、VooDoo Lab “PEDAL POWER 2 Plus” のようなパワーサプライがあれば、ある程度の台数までは集約可能ですが、基本は1機材=1コンセントですしね。

機材好きなので、機器のセッティングや配線を考えたりするのは嫌いじゃないのですが、あくまで音をプロセッシングすることが目的なわけで、セッティングをすることがゴールではありません。ですが試したいことのために機材を選び、ケーブルの配線、電源モジュール・アダプタ類の取り回し、そしてこれらの設置場所の確保は常について回るため、次第にこういった行為全てが億劫と感じることが多くなってきました。